【ヒトシゴト】スキルもお金もなかった僕が、起業できた理由 ー学習塾「セカンドスタディー」佐々木健太さんー(後編)

代表取締役 佐々木健太さん(29歳)
ー前編のおさらいー
短期間で法人化までたどり着いた若手起業家で、塾を経営する佐々木健太さん。
前編では、ゼロから起業に挑み年商1700万円にのぼりつめるまでの ストーリーを伺いました。
後編では、事業を立て直し、成長へとつなげた具体的なプロセスと 今後の展望について伺います。
ゼロから年商1700万円へ一
3つの転換点

一度は窮地に陥ったということですが、塾として少しずつ軌道に乗り始めたのには
どんな背景があったのでしょうか?

大きく分けて3つの転換点がありました。
・1つ目が「場所を移したこと」
・2つ目が「価格設定とサービスを根本から見直したこと」
・そして3つ目が「徹底して独自スタイルを追求したこと」です。
転換点①場所を移転 ―
集客の前提条件を整える

まず大きかったのが、立地の見直しでした。
競合が比較的少なく、かつターゲットである中学生・保護者が多く暮らす
住宅地の近くという好条件のテナントを見つけることができました。
これも偶然ではなくて、本当に歩き回りました。
「ここはどうだろう」「ここはちょっと違うな」と、何十件も物件を見ては、
また探す、の繰り返し。 正直、体力的にも精神的にもきつかったですが、
塾は“通える場所にあるかどうか”がすべてだと腹をくくっていたので、
妥協はしませんでした。この立地に移ったことで、そもそも「知ってもらえる」
「検討してもらえる」確率が一気に上がった感覚があります。


転換点②価格とサービスの見直し―
「月額8,000円→20,000円へ価格変更」
ビジネスに本気で向き合った

資金が底をつきかけている中での移転は、相当な覚悟が必要な決断だったと思います。
さらにその段階で価格の見直しを行われたのは、本当に大胆な判断だと感じました。

すごく怖かったですよ(笑)
集客どころか、すでに通ってくれている生徒まで離れてしまったらどうしようと。
だけど、安さで集客するのをやめ、価値で選ばれる塾を目指すと決めたことが、
経営の歯車を大きく動かしました。
これまでの考え方を逆転させて、
× サービスに合わせて値段を決める
○ この値段を払ってもらうにふさわしいサービスを作る
という考え方にシフトしました。
そうして、月額8,000円だった受講料を20,000円に変更しました。
その代わりに、
・指導の質を徹底的に高める
・自習サポートの仕組みを整える
・安心して学べる環境づくりに投資する
「2万円を払ってもらっている」という自覚を持って、
自分自身の基準を一段も二段も引き上げました。
僕自身の経験値の低さなど、自信がなかったこともあり
最初に設定した料金は、「中学生の徹底マンツーマン指導 1か月8,000円」。
「集客するには、とにかく安くしなければ」
そう思い込んで、状況によってはさらに値引きすることもありました。
今振り返れば、完全にビジネスとして破綻した価格設定です。
でも当時は、それが問題だとすら気づいていませんでした。
僕の中には「塾で稼げなければ、バイトすればいい」
「自分の労働価値は時給1,000円くらいで十分」という感覚がありました。
つまり、この仕事で生きていく覚悟がなかったんです。
自分のビジネスに、本気になれていなかった。
価格改定と抜本的なサービス内容の見直しに踏み切った時、
初めて人生を賭ける覚悟を決めました。

転換点③徹底した独自スタイルの追求 ―
「塾っぽくない」ことが強みになった

価格の見直しは、単なる金額の変更ではなく、
「自分はこの仕事で生きていく」という覚悟を決める行為だったのだと感じました。
その覚悟があったからこそ、今の独自のスタイルにつながったのですね。

そうですね。これは、ある意味「失敗」から生まれたものでしたが。
そもそも、僕の塾は最初から いわゆる「ちゃんとした塾」に
なれなかったんです。
なぜなら、 僕自身が塾について何も知らなかったから(笑)
一般的な塾といえば、
・制服やスーツを着た先生
・きっちり組まれたカリキュラム
・ホワイトボードの前で先生が教える授業
・「勉強する場所」としての厳かな空気
そんなイメージが強いと思います。
成績・実績・仕組み・オペレーション。 大手になればなるほど、
その完成度は高く、 それが「正解」とされているのが、いわゆる普通の塾です。
でも僕の塾は、そこに辿り着けなかった。
当時の僕や生徒たちの口癖は、 「なんか塾っぽい場所だよね」でした。
「みてみて、ホワイトボード買ってみたんよ!」
「うわー!塾っぽーい!」
「今日、俺スーツ着てみた!」
「うわー!先生みたーい!」
今思い出すと、正直めちゃくちゃ面白いです(笑)
僕が目指したのは、“先生”として教える存在ではありませんでした。
ちょっと年上のお兄さん・お姉さんと一緒に勉強できる場所。
勉強が終わったら、みんなでタコパをするような、 とにかく自由で、居心地のいい空間。
「勉強が得意な子」だけじゃなく、 どんな子でも、ここに来たら少し頑張ってみようと思える。
そんな「塾っぽい場所」を目指していたら、 気づいたときには、独自の形ができあがっていました。



一般的な塾が重視する「成績」や「結果」よりも、まずは「勉強との向き合い方」を
大切にしている、という理解でいいでしょうか?

ゴールはもちろん、子どもたちの成績を上げることです。
でもその前に、
「勉強に前向きになれる環境」をつくることを何より大切にしました。
すると、
・自主学習が増える
・家でも勉強に向き合う姿を保護者が見る
・成績以上に「変化」を感じてもらえる
そんな声が増えていきました。
結果的に、子どもたちの成績が上がることはもちろんですが、保護者の満足度が高まり、
継続につながり、口コミで広がる。とても良い循環が生まれたんです。

もし最初から「大手と同じような塾」を目指していたらどうなったと思われますか?

もし当初から、「大手と同じような、ちゃんとした塾」を作ろうとしていたら
今の自分は、間違いなくここまで来られていなかったと思います。
経営も教育も素人の僕が、
・大手の実績
・完成された仕組み
・圧倒的な資金力
そんなものと正面から戦って、勝てるはずがありません。
だからこそ、ナンバーワンを目指すのではなく、オンリーワンを取りにいく。
結果的にそれができたのは、最初に「失敗」して、「ちゃんとした塾」を作れなかったから。
あの遠回りこそが、セカスタ(「セカンドスタディー」)がオンリーワンのセカスタになれた理由であり、
成功の大きなきっかけだったと、今はそう思っています。

ゼロからでも人生は動かせる。まずはできる一歩から。

起業したいけど「自分には何もない」と感じている人はたくさん
いらっしゃると思います。
佐々木さんならどのようにアドバイスをされますか?

何も無い事は問題ではないんですよ。それを僕が証明してみせました。
問題なのは、口先ばかりで何も動いていないこと。 もちろん無理は
してほしくありませんが、 「資金がないから」と立ち止まるのではなく、
必要であれば覚悟を持って資金の工面に向き合うことも、
起業には避けて通れないと思います(笑)。そして、いろいろな人に
どんどん頼っていい。例えば山口ならメグリバさんとか、
起業を伴走支援してくれるところはあるので。僕は、どうしても
自分一人でゼロからでも起業できるということを証明したかったので
意地になっていましたが(笑)
一人の頭で考えるよりもきっとアイデアも広がるし、その道のプロに
頼ることで最短距離で成功に近づける。
あとは人脈ってやっぱり大切だと思うので。
これからも、自分の人生を自分でつくるために―

何もないところから、自分で考え、迷いながらも一歩ずつ
前に進んできた姿がとても印象的でした。では最後に、その佐々木さんが今、
これからに向けて考えている意気込みを聞かせてください

会社の理念でもある「自由に生きる」というのが僕の生き方です。
会社のトップでもある僕が1番自由人でありたいと思っています。
そして、会社のビジョンでもある「自分の人生を自分でつくれる世界」を
実現するために努力します! 。

スキルも実績もないところからでも、人はここまで辿り着ける。
次の一歩を踏み出す誰かの背中を、そっと押してくれるようなお話でした。
ありがとうございました。

ありがとうございました!

(編集後記)
現在、佐々木さんは学習塾「セカンドスタディー」の運営の他にも、
フリースクールでの不登校支援や有料自習室の運営、
さらには中学校の水泳部監督としても活動されています。
これからも佐々木さんは、塾という枠にとらわれることなく、
さまざまな教育の現場に関わりながら、
子どもたち一人ひとりと向き合い続けていきたいとお話されていました。
▶︎ 前編はこちら

株式会社とびうお
代表取締役 佐々木 健太さん
福岡県出身。山口大学理学部卒業。
山口大学大学院を中退後、学習塾を起業。
その後、株式会社化し株式会社とびうおを設立。
現在は学習塾「セカンドスタディー」2校舎を運営し、受講生は70名以上。
(※取材時:2026年4月)


